瀬戸熊直樹「軽いイップスでした」剛腕麻雀プロを襲った対局のプレッシャー

 剛腕として知られる麻雀プロの瀬戸熊直樹(日本プロ麻雀連盟)は、昨年「まったく右肩があがらなかった」とイップス症状だったことを衝撃告白した。そのプレッシャーをどう乗り越えたのか。雪辱を果たすべく瀬戸熊の決意を聞いた。

 昨年、RTDで優勝したら言うつもりだった。実は昨年1年間「右肩がアガらなかった」というのだ。症状が出はじめた頃、X線検査やMRIでも検査したものの診断結果は原因不明。その後もいくつもの病院をまわったが、同じ診断しか得られなかったため、友人のスポーツトレーナーに相談したところ「五十肩ではなく、肩のイップスではないか」と指摘された。


 イップス症状とは、ゴルフや野球等ではスポーツ障害に分類され、精神的ダメージを受けたことにより、それ以降に同じ動作ができなくなる症状を指す。瀬戸熊の場合は、右肩が上がらないため、Yシャツも自分で着られない状態が続き、右腕をスムーズに伸ばすことができなかった。そのため配牌時に対面の山から牌を一気に取り出すことが困難で、サイコロを振るときも対面の出目が出ないよう願っていた。もちろんゲーム中も対面の山牌に利き手を伸ばさざるを得なかったのだが、配牌を取り出すときに対面からだと腕を一気に伸ばす必要があるため、姿勢を少し斜にして対応した。


 毎日リハビリを繰り返し、取り出し動作を体に覚えさせ、試合のある日は、整体師に診てもらってから会場に向かった。「RTDはそれほどプレッシャーのかかる試合になっていた」。そのプレッシャーとはなんなのか。突き詰めていくと、自身の置かれた立場と積み重ねてきたキャリアが大きく作用していたことに気がついた。


 そこでチャレンジャー精神をいつも胸に留めておくために「3行日記」を読み返した。3行日記とは、鳳凰位を初めて取る以前から現在も毎日欠かさず記している瀬戸熊の歴史だ。日記まではいかないものの、その日に思ったり感じたことを3行だけ記してきたノートで、タイトルが欲しくてしょうがなかった時期に、麻雀に対してどれだけまっさらな気持ちで向かっていたのかを思い出した。


 そして最終的には、応援してくれている方の声が彼を救ってくれたのだという。「勝っても負けても、しっかり戦いさえすれば、瀬戸熊らしかったね」と、いかなる結果をも受け入れてくれることがわかったのだ。


 こうして「今は無冠なんだから、チャレンジャーでいこう」と考えられるようになってからは、右肩も上がるようになっていった。


 RTDリーグにおける今年の目標は優勝。そのためにも、勝ちたい欲を抑えながら戦っていくと宣言した。瀬戸熊にとって、欲を抑えるとは「もうひとりの自分を作っておく」こと。ここでアガればトップだとか、この局をしのげばトップが見えるといった時に、少しでも欲が出てしまうと焦って、普段しないプレーをしてしまいがちなものだ。勝負手でリーチしても、アガる気構えは大事だが、相手も強いからこの手はアガれないかもしれないともう一人の自分を準備しておく。そうすると、たとえアガれなかったとしても、相手も強いからアガらせてもらえなかったなと気持ちを持っていくことができるという。


 プレッシャーから解き放たれ、内容にこだわりつつ、己が納得のいく麻雀を打つ。“卓上の暴君”の完全復活はすぐそこだ。【福山純生(雀聖アワー)】


◆瀬戸熊直樹(せとくま・なおき)1970年8月27日、熊本県出身、O型。日本プロ麻雀連盟所属。第26・27・29鳳凰位、第6・9期無双位、第14期發王位、第28・29・30期十段位。著書は「麻雀アガリの技術」。異名は「卓上の暴君」。

(C)AbemaTV

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