イケメン雀士の挫折と復活 滝沢和典「麻雀を辞めようと思った」/麻雀・Mリーグ

 18歳で上京、19歳で麻雀プロになったイケメンプロ雀士が、極度の不振から復活を遂げつつある。EX風林火山・滝沢和典(連盟)は、その甘いルックスとクールなキャラクターで、女性ファンだけでなく、女流雀士たちも魅了してきたが、この3年ほどは大不振に陥り、一時は「麻雀を辞めようと思った」ところまで追い込まれていたという。AbemaTVの麻雀ニュース番組「熱闘!Mリーグ」では、人気絶頂から苦悩の日々へと陥り、そこから這い上がりつつある滝沢の姿に迫った。

 新潟県で高校球児として汗を流していた滝沢は、18歳で上京し、19歳で麻雀プロになった。猛者が揃うタイトル戦「王位戦」を2連覇するなど、数々のタイトルを獲得。美しい牌さばきと華麗な麻雀を持ち味に、私生活では2人の娘にも恵まれるなど、順風満帆のプロ雀士生活を歩んできた。今でも女流雀士に指導をすれば「カッコいいですね」「顔も良くて、性格も良くて、麻雀も良かったら、神ですよね」と大人気。だが8月7日、日本初の麻雀プロリーグ「Mリーグ」のドラフト会場では、指名された21人の中で唯一、滝沢の姿だけがなかった。

 なぜ滝沢はいなかったのか。「3年くらい不調が続いていて成績不振なので、自分がドラフトで選らばれることはないと思って行かなかったんですよ」と、自らの意思で会場には行かなかったという。トッププロが集った長期リーグ戦「RTDリーグ」では2016年、2017年と2年連続で予選最下位。さらに所属する日本プロ麻雀連盟の最高峰タイトル「鳳凰位」のリーグ戦でも、同じMリーガーのKONAMI麻雀格闘倶楽部・佐々木寿人(連盟)、EX風林火山・二階堂亜樹(連盟)らが集まるA2で戦っていたが、降級を繰り返し、今ではC1まで落ちてしまった。この状況でのドラフトに佐々木は「選らばれるとしても2割」、二階堂も「『最近タッキー厳しいね』みたいな感じで話していました」と、心配していた。

 いつしか「滝沢の時代は終わった」と陰でささやかれ、週1日だった休日は、月の半分にもなった。勝てない雀士に仕事は来ない。妻からも「家にいることが多くなったので、この先(の生活は)大丈夫なのかなっていうのはありましたね」と心配されると、滝沢の口からは「1回、麻雀を辞めようかなと、離れたら景色が変わるのかなと思った時期もありました」と、牌を握らないという選択も頭をよぎった。


 スランプとなった要因の1つは、その人気ゆえでもあった。若いころから、その打ち筋を説明した著書が多数生まれ、いつしか周囲からの「タッキーならそうするでしょ」という声が、どんどん耳に入ってくるようになった。「書籍に書いたこととか、解説していることとか『その通りに打たなきゃダメだ』ってなった」と、卓の前に自分ではなく、別の自分に縛られた。打ち筋は研究され、結果も出ない日々。それでも滝沢はとにかく打つことを選択した。自分の麻雀を見つめ直すため、一般客に混じって毎日10時間の練習を、1年以上続けてきた。

 そんな滝沢に差し込んだ一筋の光がMリーグだった。予想もしないドラフトでの指名に「あの日、選ばれなかったらと思うと、怖くて会場に行けなかった」と思いを述べたが、同時に「低迷している僕に期待してくれて、選んでくれたEX風林火山と、その舞台を用意してくれたMリーグには本当に感謝しています」と、復活のチャンスをつかんだ。トッププロが集う中で、個人成績は堂々の4位(11月13日現在)。チームの上位進出に大きく貢献している。「不調な時もお酒を飲んでくれたり、稽古に付き合ってくれたりした仲間たち、何よりも何も言わずにずっと付いてきてくれる嫁と子供。子供には特にカッコいいところを見せられるように頑張りたいですね」と言葉に力を込めた。


 好調なまま走り続ける者よりも、どん底を見た者の方が強い。持って生まれたスター性が大舞台・Mリーグで再び輝けば、終わったと言われた“滝沢時代”がもう一度やってくる。


◆大和証券Mリーグ2018 7チームが各80試合を行い、上位4チームがプレーオフに進出するリーグ戦。開幕は10月で翌年3月に優勝チームが決定する。優勝賞金は5000万円。ルールは一発・裏ドラあり、赤あり(各種1枚ずつ)。また時間短縮のために、全自動卓による自動配牌が採用される。

(C)AbemaTV


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